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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)113号 判決 1999年3月23日

英国

イーシー1エイ 7エイジェイ・ロンドン・ニューゲートストリート81番地

原告

ブリティシュ・テレコミュニケーションズ・パブリック・リミテッド・カンパニ

代表者

ロバート・エルネスト・ビィカーズ・シーモス

英国

シービー1 2エイチエヌ・ケンブリッジ・リンデウォドロード23番地

原告

フランシス・パトリック・ケリイ

両名訴訟代理人弁理士

井出直孝

同訴訟復代理人弁理士

下平俊直

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

倉地保幸

東次男

廣田米男

井上雅夫

主文

特許庁が平成3年審判第22341号事件について平成8年9月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

主文と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、1985年(昭和60年)12月18日に英国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和61年12月18日に発明の名称を「通信径路設定方法および装置」とする発明について特許出願(昭和61年特許願第304084号。以下「本願発明」という。)をしたところ、平成3年7月23日に拒絶査定を受けたので、平成3年11月18日に拒絶査定不服の審判の請求し、平成3年審判第22341号事件として審理された結果、平成8年9月27日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決を受け、平成9年1月11日にその謄本の送達を受けた。なお、この審決に対する訴えの提起期間として90日が付加された。

2  本願発明の特許請求の範囲

本願明細書の特許請求の範囲(14)の項の記載は、次のとおりである(以下、同請求項に係る発明を「本願第14発明」という。)。

「一つの送信元ノードと一つの宛先ノードとの間に複数の通信経路が用意されていて、

その通信経路の一以上を登録しておき、

上記一つの送信元ノードから上記一つの宛先ノードに対する接続要求を発する呼が発生したとき、登録してある通信経路を選択して上記呼に対して通信経路を設定する

通信経路設定方法において、

上記一つの送信元ノードから上記一つの宛先ノードに対する接続要求呼に対して上記登録してある通信経路が使用できるときにはその通信経路を登録したままとし、上記登録してある通信経路が使用できないときには、上記一つの送信元ノードと上記一つの宛先ノードとの間の経路から別の通信経路を選択し、その経路を上記登録してある通信経路の一つに代えて登録変更する

ことを特徴とする通信経路設定方法。」

3  審決の理由の要点

(1)  本願第14発明の特許請求の範囲は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載(別紙図面及び別紙径路表参照)

特開昭58-170262号公報(以下「引用例」という。)には、障害等に対して通信網維持能力の点で優れている分布通信網において、これに加わるトラヒック量に応じて適切な迂回規制措置を講ずる通信網管理方式に関し、特に、第3図ないし第5図及びそれらの関連説明において、第3図には、S1、S2、・・・、S5は交換局を、実線で示されるL1.2、L2.1・・・は通信回線名を、C1.2、・・・C4.5は回線のチャネル容量を示し、Kはこの通信網を管理する管制装置であり、管制装置Kと交換局Siとは図中の破線のように網管理信号線で結ばれていること、第4図には、管制装置Kの各部構成を示し、同装置Kは、局Siから局Siに隣接する局群とその間を結ぶ回線L1.iのチャネル容量Ci.1及び各対局間の発生トラピック推定量Ti.kを受信し、これを装置Kの網構成容量推定部2へ伝えるとともに、同推定部2で作成した通信網の局間接続構成表を各局に送信すること、更に、各局Siで単位時間内に発生した通信呼数Fiを単位時間ごとに受信し、これを装置Kの規制段階決定部3へ伝えるとともに、同決定部3で決定した規制段階Mを各局に送信すること、第5図には、局Siの交換機4に付与した装置5に関し、網管理信号送受信部7は、管理装置Kより送られてくる迂回規制段階Mと局間接続構成表とを受信し、回線選択部9と経路表作成部8へそれぞれ知らせ、径路表作成部8は、局間接続構成表をもとに各回線Li.jを対局ごとに最も中継リンク数が少ない数で到達できる回線をF回線グループに、F回線より1中継リンク数余分にかかる回線をE回線グループに、それ以外の回線をB回線グループに分類し、径路表を作成すること、この径路表を示す表2には、例えば、局S3を基準にして対局S1を考えると、L3.2又はL3.2を選べば、2中継回線で局S1に到達できるが、L3.5の場合は、3中継線かかるので、L3.2又はL3.4はF回線、L3.5はE回線となることを示し、更に、回線選択部9は、相手端末が加入している対局Siへの経路となりうる中継回線をF、E、B回線グループの順に選択し、見つける働きをすること、などが記載されている(以下「引用技術」という。)。

(3)  対比

本願第14発明と引用技術とを対比すると、両者は、1つの送信元ノードと1つの宛先ノードとの間に複数の通信経路が用意されていて、その通信経路の1以上を登録しておき、上記1つの送信元ノードから上記1つの宛先ノードに対する接続要求を発する呼が発生したとき、登録してある通信経路を選択して上記呼に対して通信経路を設定する通信経路設定方法において、上記1つの送信元ノードから上記1つの宛先ノードに対する接続要求呼に対して上記登録してある通信経路が使用できるときにはその通信経路を登録したままとし、上記登録してある通信経路が使用できないときには、上記1つの送信元ノードと上記1つの宛先ノードとの間の経路から別の通信経路を選択することを特徴とする通信経路設定方法である点で一致し、一方、本願第14発明においては、別の通信経路を選択したときその通信経路を既に登録してある通信経路の1つに代えて登録変更しているのに対して、引用技術においては、その旨の記載がない点で相違する。

(4)  当審の判断

引用技術の通信経路設定方法において、F回線グループのL3.2又はL3.4が使用できないときには、F回線グループの次のE回線グループのL3.5を選択して使用するときは、経路L3.5は新たに登録されるものと認められる。このとき、今まで使用され登録されていたL3.2又はL3.4の経路を示す登録は必要がなくなるから、この登録は消去し、代わりに、新たに使用する経路L3.5を登録すること、すなわち、別の通信経路を選択したときその通信経路を既に登録してある通信経路の1つに代えて登録変更することは、当業者にとっては格別困難な着想とはいえない。

(5)  むすび

以上のとおり、本願第14発明は、引用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由のうち(1)ないし(3)は認め、(4)及び(5)は争う。

審決は、本願第14発明と引用技術との相違点についての判断を誤り、かつ、本願第14発明の奏する顕著な作用効果を看過し、その結果、本願第14発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  相違点の判断の誤り

(イ) 引用技術は、径路表(別紙径路表参照)から読み出した回線を記憶し、その記憶により回線選択を行っているものであり、上記径路表を書き替えることはない。引用例の表2に即していえば、局S3から局S1への接続を要求する1つの呼が入ると、径路表から最も望ましいF回線グループの経路を読み出してワーキングメモリに記憶し、F回線グループの回線が使用できるかを確かめ、これが使用できないときには、次のE回線グループの回線を使用するように構成されているが、ワーキングメモリの記憶は、径路表に反映されず、径路表の登録の状態が変更されることはない。

したがって、続いて局S3から局S1への接続を要求する次の呼が入ってくると、その呼に対しても、はじめに最も望ましいF回線グループの回線が使用できるかどうかを確かめ、これが使用できないときには、E回線グループの回線を使用するように処理される。

これに対して、本願第14発明は、接続要求を発する呼が発生する前に通信経路が登録されており、その通信経路が使用できないときに別の経路を選択し、それを既に登録されている通信経路の1つに代えて登録変更するものである。登録変更された通信経路は、次の呼の発生時にも残っており、その呼に対する通信経路の設定に利用される。引用例の上記ケースに即していえば、局S3から局S1への接続を要求する1つの呼があり、F回線グループの回線が使用できないときには、次のE回線グループの回線を使用し、その後、F回線グループからE回線グループへ通信経路の登録を変更するものである。続いて局S3から局S1への接続を要求する次の呼が入ってくると、その呼に対して、登録変更された後のE回線グループの回線が使用できるかを最初に確かめることになる。

本願第14発明の上記のような通信経路の登録及び登録変更は、引用例に全く開示がなく、これを示唆する記載もなく、当業者が引用技術から容易に発明できたものとはいえない。

(ロ) 被告は、電気通信技術においては、効率的な通信制御を行う必要があり、この効率化のために、前回の通信制御で使用した通信制御情報を通信履歴情報として保存(登録)しておき、次の接続要求が発生した場合には、この保存した通信制御情報を用いて、通信制御を行うということは、当業者における技術常識であるとして、乙第1号証(特開昭60-10876号公報)及び乙第2号証(特開昭60-137169号公報)を提出している。

しかしながら、乙第1号証及び乙第2号証は、いずれも審決書に記載のない事項に関する別個の引用例であって、本訴において審理の対象とすることはできないものである。

仮に上記書証が本訴において審理の対象となる引用例になるとしても、上記書証は、いずれも技術分野の違う領域の文献であり、また、作用の一部が関連しているとしても、本質的な作用効果が異なる発明に関する文献であり、本願第14発明の進歩性を否定する資料とはならない。

すなわち、本願第14発明は、複雑な通信網の1つのノードに配置され、複数の代替経路に接続可能な交換接続装置に利用するものであるのに対して、乙第1号証及び乙第2号証は、いずれも、単に通信経路の送受信端に設けられる装置であるファクシミリ装置に関するものであって、通信宛先が複数あったとしても、その意味するところは違うのであり、また、通信制御の効率化、複数のノードを統制的に制御するプロセッサが不要になるという作用効果も相違しているのである。

(2)  顕著な作用効果の看過

(イ) 本願第14発明では、通信経路の登録変更を行うことにより、直前に使用できなかった回線をひきつづき最も望ましい回線とするのではなく、その使用できなかった回線を避けて、新たに登録変更された回線について使用できるかどうかを確かめることになるのであるから、次に入ってきた呼に対して、本願第14発明の方が、引用技術に比べ、少なくとも1回目の試行により回線接続を成功させる可能性は高くなる。通信トラヒックは、時間とともに変動するものであるから、使用できなかった回線がいつまでも使用できない状態にあるわけではない。したがって、はじめに当面する最も望ましい回線を固定的に登録しておくより、登録されていたが確かめたところ使用できなかった回線を、随時、別の回線に登録変更しておく方が、次に入って来る呼にとって有利であることが概念的にも、確率論から数値的にも理解することができる。

(ロ) また、本願第14発明においては、引用例に記載されているK局(別紙図面第3図参照)が不要となるいう効果がある。

すなわち、K局は、引用技術において遠距離通信網を管理する管制装置である。この引用技術においては、1つのルートに対して望ましい回線グループを設定し変更するために、その遠距離通信網全体の設定されている回線の状態を把握し、これを管制するK局の制御が必要である。これに対して、本願第14発明では、その回線を使用することができないことが確認されたときに、その回線を単に別の回線に登録変更するだけの処理であるから、遠距離通信網に所属する管制装置に問い合わせる、あるいは、その制御を受けるなどの必要は一切なく、また、きわめて簡単な論理装置で十分である。登録変更された後の回線が更に使用できないときには、また別の回線に登録変更すればよいのであって、引用技術のような高価な管制装置を不要とする利点がある。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認め、4は争う。審決の認定判断は、いずれも正当であって、取り消すべき理由はない。

2  被告の主張

(1)  相違点の判断の誤りについて

(イ) 電気通信技術においては、効率的な通信制御を行う必要があり、この効率化のために、前回の通信制御で使用した通信制御情報を通信履歴情報として保存(登録)しておき、次の接続要求が発生した場合には、この保存した通信制御情報を用いて、通信制御を行うということが当業者における技術常識(乙第1号証及び乙第2号証を参照)であるところ、使用できなくなった経路を登録したままにしておくことは、通信経路設定を効率的に行うことができなくなることが明らかであるから、必要のなくなった経路を消去し、代わりに、使用できることとなった呼中、登録された経路を登録すること、すなわち、登録変更することは、上記通信制御の効率化のための技術常識を勘案すると、当業者が容易になし得ることである。したがって、当業者にとっては格別困難な着想とはいえないとした審決の判断は、正当である。

(ロ) 原告らは、乙第1号証及び乙第2号証は、いずれも審決書に記載のない事項に関する別個の引用例であって、本訴において審理の対象とすることはできないものである旨主張するが、審決における判断において、本願発明と引用技術との間の相違点は、当業者にとって格別困難な着想ではないとし、その理由として、「このとき、今まで使用され登録されていたL3.2又はL3.4の経路を示す登録は必要なくなるから、」としているところ、乙第1号証及び乙第2号証は、この理由を裏付けるものであって、審決に示していない新たな理由について立証するものではないから、原告らの上記主張は理由がない。

(2)  顕著な作用効果の看過について

乙第1号証及び乙第2号証に示される技術は、直前に使用できなかった通信制御情報を引き続き最も望ましい通信制御情報とするのではなく、その使用できなかった通信制御情報を避けて、新たに登録変更された通信制御情報について、使用できるかどうかを確かめるというものであって、少なくとも1回目の試行により通信制御を成功させる可能性が高くなるという本願第14発明と同様の効果を有するものであるから、原告らの主張する作用効果は、引用技術及び上記技術常識から、当業者が予測可能なものである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3は、当事者間に争いがない。

第2  甲第4号証(本願発明の特許出願の願書に最初に添付された明細書)、甲第8号証(昭和63年1月8日付手続補正書)、甲第11号証(平成3年6月10日付手続補正書)、甲第3号証(平成3年12月18日付手続補正書)によれば、本願第14発明は、遠距離通信網に利用するもので、特に、完全に又は多重に相互接続された回線切替通信網におけるトラヒックの経路設定(ルーティング)方法に関するものであり、その概要は、複数の経路で相互に接続された多数のノード間の通信経路を設定する方法において、登録された経路を通信経路又は代替経路として使用し、その経路が使用できなくなったときに登録内容を変更することにより、トラヒックに対する通信経路の設定を単純な方法で効果的に行うというものであり、従来技術が有していた遅延、装置の複雑化等といった課題を解決し、効果的な通信経路設定方法を提供するという目的を達成するために、特許請求の範囲(14)の項に記載の構成を採用したものであることが認められる。

第3  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  相違点の判断の誤りについて

(1)  本願第14発明と引用技術とは、1つの送信元ノードと1つの宛先ノードとの間に複数の通信経路が用意されていて、その通信経路の1以上を登録しておき、上記1つの送信元ノードから上記1つの宛先ノードに対する接続要求を発する呼が発生したとき、登録してある通信経路を選択して上記呼に対して通信経路を設定する通信経路設定方法において、上記1つの送信元ノードから上記1つの宛先ノードに対する接続要求呼に対して上記登録してある通信経路が使用できるときにはその通信経路を登録したままとし、上記登録してある通信経路が使用できないときには、上記1つの送信元ノードと上記1つの宛先ノードとの間の経路から別の通信経路を選択することを特徴とする通信経路設定方法である点で一致し、一方、本願第14発明においては、別の通信経路を選択したときその通信経路を既に登録してある通信経路の1つに代えて登録変更しているのに対して、引用技術においては、その旨の記載がない点で相違することは、当事者間に争いがない。

(2)  審決は、引用技術の通信経路設定方法において、別の通信経路を選択したときその通信経路を既に登録してある通信経路の1つに代えて登録変更することは、当業者にとっては格別困難な着想とはいえないと認定判断しているので、その当否について検討する。

本願明細書の特許請求の範囲(14)の項には、「一つの送信元ノードから上記一つの宛先ノードに対する接続要求呼に対して上記登録してある通信経路が使用できるときにはその通信経路を登録したままとし、上記登録してある通信経路が使用できないときには、上記一つの送信元ノードと上記一つの宛先ノードとの間の経路から別の通信経路を選択し、その経路を上記登録してある通信経路の一つに代えて登録変更する」との記載があって、同記載によれば、本願第14発明の通信経路設定方法においては、<1>まず、送信元ノードに対して接続を要求する呼があった場合、登録されている通信経路が選択される、<2>登録されている通信経路が使用できる状態にあるときには、登録されている通信経路はそのままとされる、<3>登録されている通信経路が使用できなかったときには、別の通信経路が選択される、<4>別の通信経路によって接続すると、この通信経路が、先の通信経路に代わって新たに登録される、<5>その結果、次に上記送信元ノードに対して接続を要求する呼があった場合には、新たに登録された通信経路が選択される、というものであることが認められる。

一方、引用技術は、本願第14発明と対比して前記(1)のとおりの一致点と相違点が存するので、本願第14発明とは、上記<1>ないし<3>の過程については同様であるが、<4>及び<5>の過程において相違することとなり、別の通信経路によって接続しても、この通信経路が先の通信経路に代わって新たに登録されることはなく、依然として先の通信経路が登録されたままであり、したがって、次に上記送信元ノードに対して接続を要求する呼があった場合には、登録されている先の通信経路が選択されることになるものである。

そうすると、本願第14発明と引用技術とでは、接続を要求して繰り返し送信元ノードに入ってくる呼に対して、通信経路の選択の方式が基本的に異なっており、したがって、当業者が引用技術から直ちに本願第14発明を想到しうるものということはできないものといわざるを得ない。

(3)  被告は、電気通信技術においては、効率的な通信制御を行う必要があり、この効率化のために、前回の通信制御で使用した通信制御情報を通信履歴情報として保存(登録)しておき、次の接続要求が発生した場合には、この保存した通信制御情報を用いて、通信制御を行うということが当業者における技術常識であるところ、使用できなくなった経路を登録したままにしておくことは、通信経路設定を効率的に行うことができなくなることが明らかであるから、必要のなくなった経路を消去し、代わりに、使用できることとなった呼中、登録された経路を登録すること、すなわち、登録変更することは、上記通信制御の効率化のための技術常識を勘案すると、当業者が容易になし得ることである旨主張し、上記技術常識を立証するものとして乙第1号証及び乙第2号証を提出しているので、検討する。

(イ) 原告らは、乙第1号証及び乙第2号証は、いずれも審決書に記載のない事項に関する引用例であって、本訴において審理の対象とすることはできないものである旨主張するが、同号証は、上記技術常識を立証するものとして提出されているところ、上記技術常識は、審決が本願発明と引用技術との間の相違点について判断するに当たって当然の前提となるものであって、引用例に記載されているに等しい事項であるから、本訴において審理の対象とすることができる事項というべきであるから、原告らの上記主張は、採用することができない。

(ロ) そこで、まず、乙第1号証の記載内容を検討するに、同号証には、「前回交信したときのモデムレートを相手の電話番号と共に不揮発性メモリに登録しておき、ファクシミリ交信時にはそのモデムレートを読み出して設定し、そのモデムレートからモデムトレーニングを開始することを特徴とするファクシミリ通信制御方式。」(特許請求の範囲)、「一般にファクシミリにおいては、CCITT規格のファクシミリ伝送手順におけるフェーズBのメッセージ前手順で、プロトコルに基づく機能設定を行なっているが、このとき設定するモデムレートは互のファクシミリが有する最高のモデムレートから設定し、モデムトレーニングを行なって回線の状態を調べ、回線状態が悪い場合は順次モデムレートをシフトダウンして行き、画信号の伝送に支障のないモデムレートで伝送を開始するようにしている。しかしながら、交信する相手の地域によってはいつも回線状態の良くない地域が存在し、低いモデムレートでしか画信号の伝達が行なえない場合がある。このような場合でも互の有する最高モデムレートから設定していくと、例えば第1図に示すようにモデムトレーニングを何回も繰り返し実行しなければならなくなり、その分交信時間が無駄に費やされる問題があった。」(1頁右下欄2行ないし19行)、「このため、本発明は前回交信したときのモデムレートを不揮発性メモリに記憶しておき、交信時にはそのモデムレートからモデムトレーニングを開始することを主な特徴としている。」(2頁右上欄5行ないし8行)、「このようにして、始めて交信する相手先の場合は従来通り互に有する最高のモデムレートを選択設定するが、一度交信した相手先の場合は前回の交信時のモデムレートをモデムレート登録エリア4bから読み出して設定し、そのモデムレートからモデムトレーニングを開始する。」(2頁右下欄14行ないし19行)、「交信時、モデムレート決定のため処理時間を短縮することができる。」(3頁右下欄第2行ないし4行)などといった記載があることが認められ、上記記載によれば、乙第1号証には、ファクシミリ通信において回線状態の良くない地域に伝送を行うときモデムレートの決定のための処理時間を短縮するために前回交信したときのモデムレートを登録しておき、以後、ファクシミリ交信時には、登録したモデムレートを読み出し、そのモデムレートからモデムトレーニングを開始するという技術が開示されているものと認められる。

また、乙第2号証には、「画情報を送信した送信日時およびその送信のときの送信モデムレートからなる伝送モード情報を宛先別に複数記憶した記憶手段と、選択された宛先に対しこのときの日時に対応した送信モデムレートを上記伝送モード情報に基づいて設定する設定手段と、画情報を送信終了する毎に上記伝送モード情報を更新する更新手段を備えたことを特徴とするファクシミリ装置。」(特許請求の範囲)、「ところで、相手局によってはモデムレートの上限が決まっていたり、送信する時間帯によっては回線の混み具合によって回線状態がある程度決まり、これによってモデムレートもある程度決めることができる。また、特に海外局と交信する場合は季節により回線の状態がある程度決まるため、季節によりモデムレートがある程度決まることがある。このように、相手局や交信日時によってある程度モデムレートが決定できるにもかかわらず、従来装置では上述したように最大のモデムレートからモデムトレーニングを行なうため、このモデムレートの設定に余分の時間を費やし、その結果、伝送回線の占有時間が長くなり伝送コストが高くつくという不都合があった。」(1頁右下欄20行ないし2頁左上欄14行)、「第2図は、伝送モード記憶部10の記憶内容を例示している。伝送モード記憶部10は、各宛先に対応した宛先別テーブルTb1、Tb2、・・・として伝送モードデータを管理している。」(同頁左下欄3行ないし7行)、「例えば、伝送モードデータテーブルTd1の1番目のデータは、8月10日10時に、モデムレート9600bps、画素密度は標準STD(8ドット/mm)、GⅢの標準伝送手順で送信したことを表している。」(同欄15行ないし18行)、「なお、この宛先別テーブルTb1、Tb2、・・・は送信する毎に更新されるが、そのさい、伝送モードデータテーブルTd1、Td2、・・・の容量が満杯の場合は古い伝送モードデータが追い出される。したがって、宛先別テーブルTb1、Tb2、・・・の内容は、常にその時節に応じた内容に更新されていくことになる。」(同頁右下欄2行ないし8行)、「この通信制御を終了すると、この送信時に設定された伝送モードデータすなわち表示されていたデータで、上記した伝送モードデータテーブルを更新する。」(3頁左上欄20行ないし右上欄3行)、「以上説明したように、本発明によれば過去のデータに基づいて宛先局および送信時刻に対応したモデムレートを設定するので、モデムトレーニングに要する時間を短縮でき、その結果回線占有時間を短縮できて伝送コストを低下することができる。」(同欄15行ないし19行)などといった記載があることが認められ、上記記載によれば、乙第2号証には、ファクシミリにおいて、過去のデータに基づき宛先局及び送信時刻に対応したモデムレートを設定し、モデムトレーニング時間を短縮する技術が開示されているものと認められる。

そうすると、乙第1号証及び乙第2号証に開示された技術は、いずれも、被告が主張するとおり、電気通信技術において、前回の通信で使用した通信制御情報を履歴情報として登録しておき、次の接続要求が発生した時、この登録した通信制御情報を用いて通信制御を行うというものであることが認められる。

(ハ) ところで、乙第1号証及び乙第2号証によれば、同号証に開示されている上記技術は、いずれも、新規な技術として特許請求の対象となっているものであるところ、昭和60年1月ないし7月に公開されたものの、本願発明の英国における特許出願当時、いまだ審査を経る前であって特許されるべき技術として確定しているものではなく、しかも、上記英国における特許出願が昭和60年12月であって1年も経っていないことを考慮すると、上記技術が、本願発明の特許出願の当時、電気通信技術において技術常識となっていたとは認めがたい。

(ニ) しかも、乙第1号証及び乙第2号証に開示されている上記技術は、本願第14発明とは、技術分野も技術的意義も相違するものである。

すなわち、上記技術は、ファクシミリ通信技術に関するものであって、ファクシミリ通信において、同じ相手方に対し、断続的に同様の交信を繰り返すことを前提とし、過去の交信時のデータを登録しておいて、以後の交信においては、同データを利用するというものであり、これは、いわば過去の固定データを利用する技術である。

これに対して、本願第14発明は、前記第2認定のとおり、複数の経路で相互に接続された多数のノードを有する遠距離回線切替通信網におけるトラヒックの経路設定(ルーティング)方法に関する技術である。

そして、本願明細書の実施例には、「上述の推定値は、非常に簡単な通信網について、しかも二つの特定のトラヒック・パターンについての値を示したが、このような通信径路設定方法は、種々の非対称および対称な通信網や、多くの過負荷状態の場合にも同様に実施できる。第1表および第2表の値を得るために使用した計算機シミュレーションでは、現在登録されてる代替径路で前の呼を接続できなかったときには、二つのノードの間のすべての可能な代替径路から確率論的に選択した新しい代替径路に置き換えるものとした。適切な代替径路が見つかると、その代替径路で呼の接続が成功している限り、この代替径路をその後にも繰り返し使用する。さらに、通信網全体に対して、代替径路設定のパターンにおける空きが生じないように、確率論的にランダムなリセット手続きを実行し、伝送されるトラヒックのパターンを有効にすることができる。このような単純な方法は、大きな回路交換網で過渡応答がある場合にも優れた性能を示す。多くの通信網では、すべての径路を同じ確率で選択するだけで十分である。しかし、ある径路の使用頻度を多くまたは少なくすることが望ましい場合もある。例えば、ある径路が特に空き容量をもつ傾向があったり、いくつかの代替径路が使用されなかったりする場合である。このような場合には、代替径路の確率をそれに合わせて設定してもよい。上述の例では、特定の送信元・宛先のノード対に対する現在の代替径路がリセットされる毎に、新しい代替径路の選択をランダムまたは確率的に行っていた。しかし、個々の選択を擬ランダムまたは循環機構により行っても、全体としての通信径路設定パターン(すなわち、網内のすべての送信元・宛先ノード対により登録されているすべての代替径路)をランダムに設定することができる。一覧表に表示した代替径路を循環して使用する場合でも、呼の発生プロセスが確率論的であるため、十分にランダムとなる。」(甲第4号証26頁1行ないし27頁18行)と記載されているように、上記技術は、通信経路の接続が不確かな状況において、時間の経過とともに変化する通信経路の接続状態に関する可変データを用いて通信経路をどのように設定すると効率的になるかという、確率論を基礎として構築される通信経路の接続の不確かな状況に対処する技術である。

したがって、本願第14発明は、乙第1号証及び乙第2号証に開示された技術とは、技術分野も技術的意義も相違しているものというべきである。

(ホ) 以上によれば、乙第1号証及び乙第2号証は、本願第14発明のような通信経路設定に係る技術分野における技術常識を立証するものとはなりえず、その他これを立証するに足りる証拠はないから、被告の上記主張は、採用することができない。

(4)  そうすると、引用技術の通信経路設定方法において、別の通信経路を選択したときその通信経路を既に登録してある通信経路の1つに代えて登録変更することは、当業者にとっては格別困難な着想とはいえないとした審決の認定判断は、誤っているというべきである。

2  顕著な作用効果の看過について

(1)  前掲甲第3号証、第4号証、第8号証、第11号証によれば、本願明細書に、次のとおりの記載があることが認められる。

(イ) 発明が解決しようとする問題点

「ベル・ノーザン・リサーチにより提案された方法では、各交換機は中央プロセッサに接続され、5ないし10秒毎に、その利用可能性に応じて中央プロセッサにデータを送出する。大きな網でこの方法を実施した場合に、5ないし10秒の期間に大量の情報が中央プロセッサに到来する。このため、中央プロセッサは、代替径路を決定するために平均約5秒前に集めた情報を使用することになり、大きな遅延が生じる欠点があった。

フォレスディアおよびロッティンにより提案された方法でも、情報を収集するための遅延が大きく、装置が複雑になる欠点があった。

アメリカ合衆国特許第3536842号明細書および図面に開示された方法は、一見優れているように思われるが、実際には、各ノードで非常に多量の処理が必要となり、その処理のために、負荷の大きい網では呼損が発生してしまう欠点があった。学習オートマトンによる方法では、実行のための処理容量が大きい欠点があった。

本発明は、以上の問題点を解決し、単純な方法で効果的な通信径路設定方法を提供することを目的とする。」(甲第4号証12頁17行ないし13頁18行)

(ロ) 作用

「本発明の方法により、単純で効果的な通信径路設定方法が提供される。

代替径路のみを登録する場合には、最初に選択した通信径路で呼を接続できないときに、現在登録されている代替径路でその呼を接続し、その代替径路が使用できなくなるまで同一の代替径路を使用する。その代替径路を使用できなくなったときには登録内容を変更する。

接続要求毎に登録された通信径路を使用する場合には、この通信径路で呼を接続できないときに登録の変更を行い、新しく登録された径路で呼の接続を行う。これは、回線切替に利用できる。」(同号証15頁12行ないし16頁3行)

(ハ) 発明の効果

「以上説明したように、本発明の通信経路設定方法および装置は、ノード間の接続に望ましい通信経路、例えば直線経路を使用できないときに、登録してある代替経路を使用する。代替経路としては一または少数のものを登録しておき、それらが使用できないときだけ、その代替経路に代えて新たな経路を登録する。代替経路の登録数を増加させるわけではない。したがって、常に、少ない数の経路から選択されたものを通信経路として設定でき、制御が非常に簡単で高速になる。

したがって、本発明では、複数のノードについてその接続制御を一括して行う中央プロセッサを設ける必要がなく、各ノードのプロセッサが独立に判断制御を実行できるから、ノード間で接続のための制御情報をやりとりする必要がなくなり、きわめて短時間に通信経路を選択設定できる。

個々のノードに設けるプロセッサはその制御がきわめて単純であり、実質的に接続制御のためのコストを上昇させることはない。」(甲第3号証〔別紙3〕)

(2)  上記認定の事実によれば、本願第14発明は、特許請求の範囲14の項の構成を採用することにより、複数の経路で相互に接続された多数のノードを有する遠距離回線切替通信網におけるトラヒックの経路設定(ルーティング)方法において、ノード間の通信経路を設定するに当たって、各ノードのプロセッサが独立に判断制御を実行できるようにし、そのため、複数のノードについてその接続制御を一括して行う中央プロセッサを設ける必要がなくなり、また、ノード間で接続のための制御情報をやりとりする必要もなくなって、短時間に通信経路を選択、設定することができるという格別の作用効果を奏するものと認められる。

(3)  被告は、乙第1号証及び乙第2号証に示される技術は、直前に使用できなかった通信制御情報を引き続き最も望ましい通信制御情報とするのではなく、その使用できなかった通信制御情報を避けて、新たに登録変更された通信制御情報について、使用できるかどうかを確かめるというものであって、少なくとも1回目の試行により通信制御を成功させる可能性が高くなるという本願第14発明と同様の効果を有するものであるから、原告らの主張する作用効果は、引用技術及び上記技術常識から、当業者が予測可能なものである旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、乙第1号証及び乙第2号証に開示されている技術は、ファクシミリの技術分野に関するものであって、本願第14発明のような通信経路設定に係る技術分野のものではなく、技術的意義も相違しているのであるから、被告の上記主張は、その前提を欠くものである。

そして、本願第14発明は、前記認定のとおり、当業者が容易に想到しえたものではなく、同発明の前記格別の作用効果についても、当業者が容易に予想しうる程度のものということはできない。

したがって、被告の上記主張は、採用することができない。

3  以上によれば、審決は、本願第14発明と引用技術との相違点に関する判断を誤り、かつ、本願第14発明の奏する顕著な作用効果を看過し、その結果、本願第14発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取消しを免れない。

第4  よって、本訴請求は、理由があるから、審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年3月9日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面

<省略>

別紙径路表

表2

回線グルーブ 対局 F E B

S1  L3・2、L3・4  L3・5

S2  L3・2  L3・5  L3・4

S4  L3・4  L3・5  L3・2

S5  L3・5  L3・2、L3・4

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